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「楽しみの共有」

時刻はわずかに正午をまわったところだった。休日のカフェは、いつになく賑やかだった。私は、久しぶりに会った友人の話に耳を傾けている。幸せな時間だ。

「あのさ、実は…」

ゆっくり述べられた言葉は、鋭く私の胸を打った。

 

私は将棋が好きだ。大好きだ。小学校の作文にははっきりと、「3度の飯より将棋が好き」と書いた事を今も鮮明に覚えている。当時を振り返ると、いくらなんでもと苦笑いしてしまうのだが、来る日も来る日も将棋に明け暮れていた。友人や仲間達と共有したあの時間は、本当にかけがえのないものだったなと、今も強く思う。

    やがて月日は流れ、情熱を注いだ私は上達して子供達に指導する立場になった。

毎週土曜日の、お昼から夕方まで。他の講師陣と共に子供達と接する時間はとても幸せだった。はじめのうちは。そう、はじめのうちは。

    いつ頃だったろうか?自分でも断片的な記憶しかない。しかし確実に、私の足にはまるで鉛でもついているかのような感覚が芽生えていた。しかも土曜日だけ限定で。

「せっかく土曜日休みなのに…金にもなんねーし、完全ボランティアだし。こんなことになんの意味もねーよ!」

雪がしんしんと降る中、車を運転している帰り道。そう叫んだ後に襲ってきた言い様のない虚無感は、生涯忘れることができない。

   その日を境に、手帳の土曜日は空白となった。自由を手に入れた歓喜。私はひたすら遊んだ。しかし、私は自由とは引き換えに大切な物を失ったことにも気づいていた。

 

「今から会えないか?」

友人からの突然の電話だった。あいつの方から連絡が来るなんて…軽い興奮を覚えながら私は約束のカフェに急いだ。

「最近、編み物にはまっててさ。妹の友達の子供に教えてるんだ」

「お前が!?」

信じられないといった私の表情を横目に、彼は微笑しながら続けた。

「一人でやってると、失敗とか成功で終わるけど、一緒にやってるとそれ以外の何かが産まれると思うんだ。同じ時間を、楽しみを共有することが大事なんじゃないかな」

丁寧に紡がれたその言葉に、私の中で化学反応が起きた。楽しみの共有、か。

そして今日は土曜日。もしかしてお前…

大きく目を見開いた私に、友人は軽く頷いた。

「悪い、俺行って来る!」

そう友人に告げて、私は颯爽と駆け出した。