加藤一二三先生(ひふみん)講演会当日③「潜竜」

次はどんな話が聴けるのだろうか。

会場の誰もがワクワクしながら、加藤先生に注目している。

「昭和43年の第7期十段戦第4局で、大山先生相手に一手に7時間考えて勝った事がありました」

私は思わず、目を見開いた。初めてこの将棋を並べた時の深い感動が瞬時に蘇ったのだ。

並べ終えた後、「すげぇ・・・」

信じられないものを見た、そんな思いだった。

「こんなに完璧に将棋って最後まで指せるの?」

首を振りながら、ゆっくりと天井を見上げる。

その答えは加藤先生の棋譜が明確に物語っていた。

「将棋は深いものであり、生涯現役でやっていく自信がわきました。棋士の存在意義を見つけた思いでした」

まさかこの話が聴けるとは・・・メモを取りながら

体全体が喜びにあふれているのが分かった。

しかしこの約1年後、加藤先生は行き詰まり次の一手をどうやって指していいか分からなくなってしまったという。そんな時に升田先生から次のような言葉をもらったそうだ。

「加藤君、君は今スランプだ。でもそれがいいんだ。中途半端に活躍するよりはいい。今に君は誰もが真似できないような活躍をすると信じている」

その言葉と共に色紙に認められた文字は「潜竜」

意味は、池や淵に潜んでいてまだ天に昇らない竜の意。また、世に出るよい機会にまだめぐりあわない英雄。

この話を聴き終えた直後だった。

加藤先生にもつらい時代があったのか・・・

今度は、はっきりと目に涙がたまるのを感じた。

 

私は15歳、中学3年卒業間際に全身脱毛症を発病した。衝撃的だった。アトピーも生後からあったので、この世のものとは思えない容姿になった。

鏡に写るのは変わり果てた自分の姿。

眉毛が最後の1本になった時、

「ついにこれも抜ける時がきたんだな・・・」

筆舌に尽くし難い深い悲しみが襲ってきた。

そんなつらい日々を支えてくれたのが将棋と仲間だった。

それから約5年後。治療や家族や仲間、そして将棋の存在があって完治と呼べるまでに回復した。

「ほんてん(本当に)良かった~。もう1回髪抜けたら生きてくの絶対無理」笑いながら、友人に満面の笑みで語った事を昨日の事のように覚えている。

しかし、それはつかの間の喜びだった。

それから6年後。またしても発病。この時は将棋から離れていたので全てが空っぽだった。

鬱々とした日々。目深に帽子をかぶり、下を向いて歩いた。飲食店に行っても、刺さるような視線が痛くて、帽子を取ることすらできなかった。時に言葉は刃物よりも鋭く心をえぐる。揶揄されてもジッと耐える以外、方法が分からなかった。

それから時が流れて、ふと、また将棋を再開してみようか。そんな想いがわいてきた。

久々の大会参加。そこには見慣れた仲間達の姿が。

口々にしばらく、と声がかかる。

久々に手にする盤と駒は格別だった。

やっぱり将棋が好きなんだな、心から喜びの感情がわいてきた。

再開すると、やはり欲がわいてくる。

県大会で優勝して、全国大会に出たい。

ずっと持ち続けてきた想いが再燃してきた。

県大会の準決勝敗退が5回。高校の個人戦でも県で3位が3度。代表に対する渇望と憧れは大きかった。

そんな中、同世代の仲間や、後輩は次々に優勝を勝ち取り、全国に羽ばたいていった。祝福の言葉をかけながらも、どこか忸怩たる思いがあったのも事実。また、素直に祝福できないそんな自分が嫌だった。

しかし、そんな思いも次第に氷解していった。

時間、仲間、そして将棋の存在そのものが解決してくれたのだ。

今も容姿は変わらないが、病気などどこ吹く風である。毎日がとても楽しくて、幸せだ。

むしろ、初対面の人には絶対忘れられないだろうなどと

プラスに考えている笑

将棋も優勝できるかは分からないが、勝利も敗北も全てを味わい尽くそう。そんな心境だ。

 

自分も、もしかしたら潜竜なのかもしれない。いや、そういう事にしておこう笑 一人で勝手に納得して微笑みながらお茶を飲み干す。その味はかつて感じた事のない、最高の味だった。

続く