観る将女性ファンと阿部健治郎先生

「いらっしゃいませ!」

店内に明るい女性の声が響いた。

「お久しぶりです」

その柔和な笑顔は私に向けられている。

「どうもっす、ご無沙汰してます」

挨拶を交わしながら、いつお会いしても元気な人だなぁと

心の中で呟く。

「ところで、あれ読みました!?」

「あれって?」怪訝な顔で聞き返すと、

「あれです!阿部健治郎先生の記事!」

私は即座に合点がいった。あれのことか!地元の朝刊に阿部健治郎先生の記事が大きく掲載されたのだ。

「もちろん読みましたよ」

「やっぱり!」

女性の弾んだ声が返ってきた。

「私、嬉しくって記事切り抜いちゃいました」

本当に嬉しくてたまらないといった表情で、一気に言葉を紡いだ。

「そういえば、それから!」

どうやら私にまだ話したいことがあるらしい。

「今年の人間将棋阿部健治郎先生が来られましたよね」

私に話しつつも、どうやら映像を思い出しているようだ。

目が天井を見上げている。

「私・・・」

女性は大きく息を吸い込んだ。

「健治郎先生の甲冑姿が見れて、本当にとても幸せでした」

「健治郎先生、本当にかっこよかったっすよね」

そう返すと、

「そう!そうなんです!」

と言って、小さく拍手をしながら最高の笑顔になった。

この女性は自分では全然指さないそうだが、NHK杯も録画して見ているらしい。本当に貴重な観る将女性ファンである。

私はほんのりあたたかい気持ちを抱きながら、店を後にした。

 

そういえば・・・車に乗り込んでから私はある光景を思い出していた。

あれは確か、健治郎先生が奨励会に入る前の竜王戦のことである。県大会に参戦した健治郎先生は、優勝候補に名前が挙がっていた。しかし決勝トーナメントで当時、県内でも5指に入る強豪に敗れてしまう。私は感想戦を遠目から眺めていた。感想戦が終わり、一礼して相手が去った。だが、健治郎先生は盤の前から離れずに一人で駒を動かし始めたのである。

「けん・・・」

私は話しかけようとしたが、それ以上言葉が続かなかった。話しかけられないというよりは、話しかけてはいけない雰囲気だったのだ。

誰かと対話している・・・誰と?

私にはそれが将棋の神様との対話だったように思えてならない。それは今でも強烈な光景として目に焼きついている。

 

健治郎先生の所作は美しい。指導対局の際も駒音はほとんど立てない。駒袋にしまう時も、1枚1枚とても大切に駒を慈しんでいるように私には思える。

子供将棋教室に来てくださって、指導対局が終わりいよいよ最後の挨拶。

「私は、将棋は言葉だと思っています」

この言葉を聴いた時、私はなんだか嬉しくなった。

そして、あの光景が蘇ってきた。

やっぱり対話してた相手は・・・

健治郎先生の飛躍を心で願いながら、その言葉をしっかり心に刻んだ。